大阪高等裁判所 昭和42年(う)1671号 判決 1968年1月26日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は弁護人岡崎赫生作成の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。
論旨は、被告人は左折開始に先立つて左折の合図を完全にし、赤信号に従つていつたん停止後信号が青になるのを待つて徐々に左折にかかつており、また、道路交通法三四条一項に「車輛は、左折するときは、あらかじめその前からできる限り道路の左側に寄り」とある場合の左側に寄る程度は具体的な地形に応じて決すべきであるところ、本件交差点の道路の状況上、より道路の左側に寄つて左折することは技術的に困難であつたのであるから、被告人は左折に関する道路交通法の諸規定をすべて遵守していたものといわなければならない。一方、現場の道路は一車線であつて後続車輛が被告人の車輛を追抜くということは事実上あり得ないところ、道路交通法によれば、追越しをするときは前車の右側を通行しなければならないばかりか、交差点内における追越し自体厳禁されており、しかも交差点内では車輛は徐行の義務があるのであつて、本件被害者は自動二輪車を運転するにあたり交差点内の追越し禁止違反、追越しの方法違反、徐行義務違反の三個の違反を犯し、あえて被告人の自動車の左側方を通過しようとしたのである。前記のごとく交通法規を遵守していた被告人に対し、左折進行中に他車が自車の左側方を通過するかもしれないこと、ことに右のごとき違反車輛のあることを予想しなければならないとすることは、自動車運転者の主たる義務が進路前方の注視にあることをも考えると、苛酷に過ぎるというべきである。原判決は、これに反し被告人に対し後方の安全確認義務を認め本件事故に対する過失責任を問うたものであり、この点において事実誤認および法令の解釈適用を誤つた違法がある。というのである。
調査するに、原審において取調べられた証拠を総合すれば、被告人が西進して来た道路(歩道、車道の区別なし)の道巾は約八・五〇メートルであり、被告人運転の普通貨物自動車の巾は一・六五メートルであること、被告人は右道路を西進し、本件交差点の手前約三〇メートルの地点から車体後部荷台下に取付けられた赤色灯を点滅させることにより左折の合図をしながら同交差点にさしかかつたところ、対面する信号が赤であつたため、同交差点の東側入口より約六・三メートル東方に設けられた停止線の手前附近で瞬時停止し、そのとき右信号が青に変つたので再び発進し、同交差点において右道路と直交する道路に左折進入すべく徐々に自車の進路を左に変えて行つたのであるが、この左折開始時において被告人の自動車の左側面と道路左端(南端)との間には二メートル余の間隔があつた(この間隔内は平坦な道路の一部であつて人車の交通に対する障害はなかつた)こと、一方被害者は自動二輪車を運転し同じく東方からある程度速度を落して本件交差点にさしかかり、被告人の自動車の左横後方に追いついたころ前記信号が青に変つたので再びアクセルを吹かし、被告人の自動車を追い抜くがごとく、その左側方を交差点内に向つて西進したこと、かくして被告人の左折開始直後交差点の東入口の手前約二メートルの附近において、左折のため左方に寄りつつあつた被告人の自動車の左側面前輪部附近とその横を通過中であつた被害者の自動二輪車の右側とが接触し、このため同自動二輪車は左倒しになつて路面を滑走し本件結果の発生をみるにいたつたことを認めるに十分である。
これによつて考えるに、被告人の前記左折開始時において被告人の自動車と道路左端との間にはげんに二メートル余もの間隔があつたのであるから、たとえ被告人が前認定のごとく左折開始に先立ち左折の合図をしていたとしても、同自動車の運転者たる被告人としては、左折開始後短時間の間に自車の後続車輛がその左側方を通過するかもしれないことを予測し、これとの接触を避けるためあらかじめ左後方における他車輛の有無とその動静を確め、同車輛を先行せしめるなどして交通の安全をはからなければならない業務上の注意義務があるというべきである。けだし、道路交通法によれば、車輛が左折しようとするときは、燈火等によりその合図をするとともに、あらかじめできる限り道路の左側に寄り、かつ、徐行しなければならない旨規定し(道路交通法三四条、五三条)ているのは合図によるだけで、当該車輛と道路左側との間隔が大きいと、その中間に他の車輛が入りこみ、左折する車輛とその後続車輛とが衝突する恐れがあることを考慮し、できるだけあらかじめ左側に寄ることを要求していることがうかゞえるのであるから、所論のごとく本件の場合、交差点の道路の状況上あらかじめ自車をより左に寄せて左折することが技術的に困難であつたとすれば、自車と道路左側の中間に後続車が進入して来ることを考慮し、その有無を確認しそれとの接触を避けるべき注意義務を上述の如く被告人に負わしめることは当然であつてこれが苛酷に過ぎるとはいえない。また被害者にも所論の如き不注意な点があつたとしても、本件結果発生に対する右注意義務違反による被告人の過失責任を免れしめるものではないと解すべきである。
してみれば、これと同旨の見解で被告人に原判示の注意義務を認め、本件結果発生に対する被告人の過失責任を問うた原判決は正当であり、原判決には所論のごとき事実誤認、法令の解釈適用を誤つた違法はない。論旨は理由がない。
よつて、刑訴法三九六条により主文のとおり判決する。